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W・Aさん 50歳男性 会社経営
出身:静岡県
居住:上海
学歴:大学卒
家族:妻、娘(2歳)
家族構成:父、母、妹
年収:0円

気づけば中国に20年。学びたいなら北京、楽しみたいなら上海がおすすめ

– 20代後半で中国に留学されたとのことですが。

そうですね。年齢も30に近くなり、何か外国語をマスターしたいなと思い、2年ほど上海の大学に語学留学しました。一旦日本に帰ったのですが、その後すぐ上海に戻りましたね。

– 英語ではなく中国語というのは、先見の明がありますね。

いえいえ。実は英語も勉強したんですが、うまくならなくて。それなら別の言葉をと思い、たまたま上海に知り合いが住んでいたこともあって選んだだけです。

1994年頃だったのですが、中国がこれから経済的に伸びていくだろうとは感じていました。翌年には日本の対中投資額は最高潮に達し、上海や中国がまさに「テイクオフ」した時期でしたね。

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画像:外務省

– 再度渡られてからは何を?

上海でソフトウェアの個人代理店、及び仲間とパソコンのサポート事業を5年ほど運営。その頃、知り合いから一緒にフリーペーパーの運営をやらないかと誘われまして、編集長として参加しました。7年くらいやりましたかね。

– どうしてフリーペーパーの話が来たのですか。

実は、日本では出版社に勤務していたのです。その後、中国のニュースを日本語で伝えるWebメディアを立ち上げたり、東南アジアでフリーペーパーの立ち上げをしたのもその影響ですかね。この1年間は、上海を拠点にしながら、ヤンゴン、北京、大連などにも住みつつ、次の事業を模索中といったところです。

– 上海とその他の中国の都市で、何か違いはありますか?

北京の人々は政治への関心が強いです。たとえばタクシーの運転手さんとも政治論議をするとか、どこに行ってもそういった話題をふっかけられます。「お前日本人か。尖閣諸島問題はどう思う?」なんて。

ですから、中国が好きで学びたいのなら、北京に行くべきでしょう。大雑把にいうと、中国人は北より南の人の方が温厚で、親日という傾向があります。南寄りの地方を華東、華南と呼ぶのですが、上海周辺から福建省、広東省や香港などがこれにあたります。台湾はもちろん親日ですね。上海は華東ですが、日本人にとっては最も楽な都市でしょう。しかし、とにかくお金がかかります。「消費都市」とでもいうべきか、エンターテイメントに寄ってますよね。

– 中国に住んでいて、苦労したことはありますか?

盗難が多いのでモノをなくしたりとかはよくあります。ただ、日本人として差別を受けたことはないですね。2005年、小泉政権時の靖国問題の際、親日である上海でも反日デモが行われました。その際、日本人がカフェで中国人の男性に殴られた事件がありましたよね。それは日本のメディアでも大きく取り上げられたはずです。たしか文藝春秋の「諸君」という雑誌に手記が載ったんじゃないかな。

中国は、北の人は血の気が多く殴り合いになることも珍しくないのですが、上海ではまず暴力沙汰に発展することはないと言われていただけに、日本人が被害に遭ったと聞いた時は驚きましたね。

反日感情は政治的操作。日本に行った中国人はみな、日本が好きになる

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– 日本にいると、中国の反日感情がクローズアップされることが多いのですが、実際長く住まわれた視点からどう感じますか?

中国は都市部と農村部、沿海部と内陸部とでは事情が大きく変わってきます。都市化が進んでいるとはいえ、農村部が占める人口は依然として大きなものです。そういった人たちの間でもインターネットが普及し、都市部と変わらないようにネットショッピングを楽しめるほどになっています。しかし、中国では既存メディアもネットメディアも共産党が制御し、90年代以降から反日政策が行われてきました。

有名なところだと「抗日神劇」というドラマがあるのですが、これは日本軍を悪く描いた作品。田舎で十分な教育を受ける機会がなかった人たちは、言い方は悪いですが、やはり刷り込まれてしまいます。

ただ一方で、日本人に接したり、日本に行ったことがある人は、みんな日本が大好きになります。「中国人よりよっぽどまともだ」なんて言う人もいますよ。これはいい傾向だと思うのですが、反対に日本人の中国人への感情は日に日に悪くなっていますよね。これはもどかしいですよ。

– 中国の方はなぜ日本に大挙して来られるのでしょうか。

一概にはいえませんが、少し前まで中国人はみな韓国に行っていたんです。同じように買い物ツアーをしてました。しかし、韓国で騙されることが多かった。整形手術に失敗したり、免税店でぼったくられたり。そういう経験をした中国人は、特に日本を評価していますね。

ただ今度は、日本に住む中国人が経営する店が、中国の団体客に高値でふっかけるという事態も起きています。中国人が中国人を騙すというパターンですね。

– 中国人は、実際どんな方が多いのでしょうか。

長くこの国にいて思うのは、一口に「中国とはこういう国」「中国人とはこういう人」と括るのが非常に難しいということ。面積は広大ですし、何せ13億人もいるわけですから。「中国人」という括りにはそもそも無理があるのではないかと思いますよ。日本人も、アメリカ人も、もっと言えば中国人自身も、「中国」という国が何なのか、捉えきれていないと感じますよね。

そもそも「中国」という名称ができて100年程度。中国四千年の歴史なんて言いますが、残ってるのは漢字と漢方薬くらいです。「唐朝の文化は日本にある。明王朝のは韓国だ。中華民国は台湾に。大陸には何も残っていない」こんな自虐的なジョークもあるくらいなんです。ある程度教養のある人は、そういった意識を持っていますよね。

90年代に感じた日本のメディアの自虐的傾向。今はまるで逆

– 近年、中国の経済成長は著しいですが、中にいらっしゃってどうですか。

たしかに、去年の3月くらいまでは勢いを感じていました。しかし、秋頃から急激に失速している印象があります。

中国とタイを鉄道で結ぶ「タイ高速鉄道計画」、別名「新シルクロード構想(一帯一路)」というプロジェクトがあります。タイ国内の建設費用は中国がお金を貸す、という立て付けですね。しかしこれが頓挫してしまった。本来なら2017年に開通予定だったのですが、タイが借款(国家間の借金)の利率を下げてくれと要求したものの、中国が受け入れなかったんです。これで交渉が決裂してしまいました。

インドの新幹線建設も日本と中国で争いましたよね。しかし中国が負けた。インドもダメ、タイもダメで、ちょっと失速している感は否めないのではないでしょうか。

– では逆に、日本をどうご覧になっていますか?

実は日本にいた頃、ちょっと違和感を感じていたのです。90年代初頭の日本のメディアは、自国を貶める、自虐的な報道が多かった。自分で自分の立場を悪くするような情報を海外に発信していました。

バブルが弾けたとはいえ、日本は97年くらいまでGDPが伸びていましたよね。当時の中国からしたら、日本は眩しい存在だったんです。にもかかわらず、日本は沈滞している、ダメだ、自信喪失しているという雰囲気が蔓延していた。

一方で、中国のメディアは自国にいいことばかりです。それは今も変わりませんが、一般の中国人の間では何か余裕も感じられるようになってきました。

そう思うと、当時の日本はまだ余裕があったのかもしれませんね。現在のメディアの論調は当時と真逆になっているので、特にそう感じます。

いい人も多い、尊敬できる相手もいる。しかし国としては好きになれないところがある

– それだけ長くお住まいになっているということは、中国がお好きなのでしょうか?

いいえ。残念ながらそうは言えません。この国に住む日本人は、長くいればいるほど嫌になっていくんじゃないでしょうか。私以上に長い人でも、中国が好きだという人はいません。

とにかく、戦争を政治利用する点ですよね。たとえば東南アジアの人々も、戦時に日本に侵略され損害を受けています。しかしそれを口に出したりはしない。メディアでも取り上げない。もっと言えば、倍賞を請求したりもしない。中国と韓国はそれを続けていますよね。政治的に利用できるとわかれば、彼らはとことんやる。それを、我々のような戦争を知らない世代が毎日聞かされたら、やはり苦痛ですよね。

ミャンマーのヤンゴンという都市には、日本の戦没者を弔う慰霊碑があるのですが、これは中国では絶対にありえません。かつての敵国に墓を作るミャンマーがすごいのかもしれませんが、とにかく、中国と東南アジアでは異世界なんだなと感じましたよ。

とはいえ「反中」というわけでもないですよ。たしかに、全体の人口に対する「いい人」の割合は少ないかもしれませんが、本音を語れる友人もいますし、日本の友人と同様に尊敬できる相手もいます。いいことに出会う確率と悪いことに出会う確率、どちらかというと後者が多いという感じですね。

16歳下の上海妻は、ちょっと気が強め。家事は男性がするもの

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– ご結婚はいつ頃?

43歳の頃です。妻は上海出身です。

– 上海の女性は日本とは違いますか?

基本的に気が強いですよね。多くの女性は、家事は男性がするものという意識があります。なので、上海男性は料理が上手。それに、他の都市の人と比べて新しもの好きで海外好きです。「トレンディ志向」とでもいいますか。良くも悪くも。

妻は16歳下なので、私が彼女を諭すのが普通ですが、まったく逆です(笑) 中国語って、基本的にアグレッシブな言語なんですよ。攻撃的で命令口調。日本語と比べると、包み隠さず意思の伝達をしようとするところがあります。そういった言語的な問題もあるのかもしれませんが。

– いつか日本に戻ってこられたいと思いますか。

そういう面も含めて、娘を日本語の環境で育てたいなという気持ちもあります。往復する形でも、両国に軸足を置けるような生活が理想ですかね。

Photos by Dennis Jarvis / zoetnet / Frank Yu